山の中では思考回路がおかしく脳のギアチェンジが慌しい。急にハイになったりローになったりと忙しく、腿が上がらなくなっては涙を流し、湧き水を見つけては歓喜の雄叫びを上げる。
雲がにゅるにゅる集まって見えたり、樹が踊っているようにも見える。いや事実そうだったのかもしれない。
これが“クライマーズハイ”ってやつか。今考えると脳内麻薬が大量に分泌されていた気がする。
穿いていたデニムが足枷になり、大量の汗が殺人的は異臭を放ちはじめた頃、夫婦杉を通過。もうすぐだ。 AM10:15やっとの思いで縄文杉に到着。正直に言うとこの縄文杉にさほど感動しなかった。もちろんようやく到達した事への感動はあったものの、頂上ではない為に景色が特別なものでもないのと、樹齢7000年以上とも言われる縄文杉に生命を感じない。誤解をしないでほしいが決して否定的な感想でない。
俄仕込みの知識で東西南北どこにも視界を遮るものがなく、360度のパノラマ見渡せるポイントの隣には下界を見守る縄文杉。そんなのを想像して期待が膨らみ過ぎていただけだ。当然そんなことはどの本にも書かれていなく、ここは山の頂でもない。
ここの展望デッキで遅い朝食を摂る。同じデッキ内にいる1位でゴールした夫婦と語る。議題は屋久島の魅力。この御夫婦は今来たルートを下山し、午後1時には登山口に戻りその後シーカヤックに勤しむらしい。タフな夫婦である。
脳内麻薬も落ち着き冷静に午後の予定を考える。
今度いつ来れるか分からないこの島。明日のお昼には発たねばならない。
結局途中通過した楠川分かれに戻り、そこから辻峠を目指し『太鼓岩』『もののけの森』に行くことにする。新たな目標を糧に下山開始。この時AM10:40。ここからいろんな人とすれ違う。さっきまで僕らが昼食を摂っていた縄文杉を目指している人達だ。フェリーであった人、宿泊先で話した人、レストランで見かけた人。やはり目的は一緒である。
「早いね」「何時から登ってるの」そんな言葉が有難く、少々の優越感も与えてくれる。いつも適当なことしか言わない僕もここでは素直に「もうすぐですよ」「頑張って下さい」など相変わらずのクライマーズハイも手伝って愛想よく、そして元気良く応える。
PM0:00途中先の御夫婦を追い越し、楠川分かれから登山スタート。うっかりしていた。水がない。急ぐあまり給水ポイントを逃してきた。まずい。でも何とかなるだろう。
何とかならないのが現実である。かなり手足が枯れてきた。
すれ違う人もなく、川のせせらぎが聴こえるものの手の届く位置にはない。30分も歩いた頃人の声がわずかながら聞こえる。死なずにすんだ。
心優しい登山一家に水を分けてもらう。この時ほど水の大切さ、人の温かさを感じたことははい。この登山一家に出会わなければ死んでいたかも知れない。大袈裟でなくそう思う。PM1:00瀕死の状態からやや生気を取り戻し辻峠に到着。ここから20分も登れば太鼓岩に着けるはずである。だがここからの道かなり険しい。なれない登山に安易な服装。クライマーズハイを通り越して壊れていくのがわかる。PM1:30予定よりタイムオーバーをし、生きる屍のままで太鼓岩に到着。感無量である。本来ここまで来るのは白谷雲水峡からのんびり3時間もあれば来れるらしいのだが、縄文杉経由で来ている為まわりと比べ必要以上に疲れている。だがここま体を虐めて来た甲斐のあるモノが今目の前にある。
太鼓岩からのパノラマ。
ややガスってはいるものの正面には雄大な宮之浦岳?永田岳?翁岳?(実はよくわかっていない)
正に理想としていた景色である。楠川分かれから水を求め、煩悩丸出しで身体を酷使したからこその感動かも知れない。
太鼓岩とはそこからの景色が有名だが叩くと太鼓のような音を出すことでも知られている。そんなウンチクをご婦人方から聞きながらここで昼食。ご婦人達と楽しい昼食。
PM2:00下山開始と伴にもののけの森に向かう。もうここからは惰性である。曲がらない膝も上がらない腿も関係なし。けっこう無敵である。やり遂げた達成感と自己満足感が体を突き動かす。
もうこの地点ではまだ見ぬもののけの森よりも、車に置いてきたタバコ、途中にある沢での行水、そして帰ってからの首折れサバを突きながら飲むビール、ついでに浪花の闘犬の世界タイトルマッチに思いを馳せる。
僕は歩き出す。多くの人を思い出し、感謝しながら。この登山だけでも本当に数多くの人と出会った。全てが財産である。
屋久島は最高である。また老後の楽しみが増えた。
歩いた総距離:約25km 歩いた時間:約10時間 時速:約2,5km トイレの回数:約1回
◆おしまい◆
iPhoneからの投稿
2012
09Dec