◆人がこの世で一番求めているもの
自分もスタッフもお客さんも…
楽しくて、楽しくて仕方ないサロンを経営したいとは思いませんか?
私はしたいです。
それを実現するには…
≪人がこの世で一番求めているもの≫
を、常に与え続けることです。
私はごくごく最近に「この方法」を学びました。
「この方法」を学ぶ前は…
正直、なにかトゲトゲしい感じで
注意や罰を与えることが日常で
殺伐とした空気がありました。
ところが「この方法」を学び実践していくと、仕事ができるできないはさて置き、とにかく私の職場はいつも楽しすぎて仕方のない環境になりました。
最後には意識しなくても「この方法」を自然と使っていて「習慣」のようになっていました。
なので、今でも私は無意識に「この方法」を使ってしまいます。
というか自然に出てしまいます。
人間関係を良くすることにつながる
「この方法」は今の日本に一番必要とされるものではないかと感じます。
なぜなら…
「この方法」ができずに苦しんでいる人達が多いからです。
≪人がこの世で一番求めているもの≫
ですが
それは…『自己重要感』です。
そして「この方法」とは…
『相手の自己重要感を満たす方法』
だったのです。
もっと簡単に言います。
『相手を褒めること』
ただそれだけです。
私はこんなふうに言葉にしていました。
「ブローはからっきしだけど
本当に人に優しいよな
オレお前のそういうとこ好きだ」
「コンクールには勝てんかったけど、本当に上手くなったし、ひと回り成長したよね」
「○○さん、今は稼げてないっ言うけどとっても努力して工夫してますよね。マジで見習いたいです」
「いい車乗ってますね、きっと陰で
頑張ってこられたんですよね…」
これってカッコつけで言ってるわけではなくってもう習慣です。
どうしてなのか解りませんが他人の欠点ばかりが目に入りダメ出しの天才と言われてました。
なにせ口癖が「ダメだよ」だったのです。
ところがある日、自分の自己重要感を満たしてくれる先生と出会ったのです。
その先生は、私が仕事でグチを言ったり「オレはダメ美容師です」などといじけ虫になっていると…
「いや、あなたはすごい人だと思う」
「人がなかなかできない事を平気でやれるパワーがある」
などと言ってくれたのです。
救われました。
嬉しくて、心底気持ちが明るくなり
「よしやろう!」という元気が自然と湧いてきました。
まさに「言魂(ことだま)」でした。
ここで私の弱点を言います。
私は「親に褒めてもらえない子」でした。
何不自由なく育てられたのですが
褒めてもらえない子どもでした。
・運動会でも一等賞をとりました
・写生大会でも賞をとりました
・習字のコンクールにも入選しました
・学級委員長も何度もしました
・児童会や生徒会の役員もやりました
・部活のキャプテンもやりました
・応援団長もやって優勝しました
もちろん親は喜んでくれたとは思います。
しかし、
「本当にスゴイね」
「良く頑張ったね」
「お前は大したもんだよ」
というように褒めてもらえませんでした。
親に褒めてもらいたかった…
でも褒めてもらえなかった。
≪自己重要感不足≫
それが私の「弱点」でした。
したがって
私は自分の自己重要感を自分で
満たそう、満たそうとしました。
なので自慢ばかりを言ってました。
わざと不良ぶったり目立つことを
イキがってしたりもしました。
心が貧しかったのです。
そうやって大人になってしまったのです。
そんな中、先ほどの先生と出会ったことで
「自己重要感は自分で満たすんじゃなく他人から満たしてもらうものなんだ」
という事に気づけました。
すると…
今まで私は他人の自己重要感を
まったく満たしてあげていなかった
ということにも気づきました。
ゾッとしました。
それから私は人のいいところを見つけ褒めるように努力しました。
ところが…
人のいいところを見つけるのって
簡単そうで意外に大変なことだった
のです。
今とは違い、当時は毎日大勢の人と
接する仕事をしていたのですが…
欠点ばかりが目についてしまうのです。
そこで私は欠点を認めた後に
「でも」を付けて良いところを
探してみました。
すると…
今まで見えていなかった相手の良さがどんどん見えてきたのです。
「足は遅いけど、絶対あきらめない」
「不愛想だけど、掃除を一生懸命やる」
「口下手だけど、笑顔がサイコー」
「規則は守らんが、仲間を大切にする」
私は、講師になって多くのことを学んだと思います。
もちろん
今でも自分で自己重要感を満たそうとしてしまう場面はあります。
それで落ちこむこともあります。
そんなとき
20年も前に言われた、、、
「いや、あなたはすごい人だと思う」
「あなたは人がなかなかできない事を平気でやれるパワーがある」
という先生の言